Creator's File Vol.12桐島ローランド

Profile

1968年横浜生まれ。小学校3年でニューヨークへ移住。1991年ニューヨーク大学・芸術学部写真科を卒業、ニューヨークで写真家として活動を始め、1993年活動の拠点を東京に移す。ファッションやポートレートを中心に、雑誌、広告、CDジャケット(宇多田ヒカル、TOKIOなど)、TV-CM、プロモーションビデオ(クリスタル・ケイのPVで2003年MTV Award最優秀R&B VIDEO賞受賞)など幅広く活躍中。

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桐島ローランド

桐島ローランドさんにお話を伺いました

アートギビングプロジェクトに参加中のマルチクリエイター、桐島ローランドさんにお話を伺いました。

K=桐島ローランドさん AI=アマナイメージズ

フォトグラファーを目指したきっかけは何ですか?

K: 16歳の誕生日に中古の一眼レフを買ってもらったことがきっかけでカメラが好きになって、趣味で撮るようになったんです。縁があって17歳の夏休みにカメラマンのアシスタントをバイトでやることになって、これは天職だ!と思って。料理のカメラマンのアシスタントだったんですが、すごくいい勉強になりましたね。基礎的な構成やライティングもそうですが、緻密なテクニックをベースに持っていると色んなところに活かせるので。
インターナショナルスクールに通っていたので、日本企業に就職するのは難しいと思っていたし、母が作家で世襲出来るものは無いし、高校の時から日本で生きていくにはどうしたら良いかを考えていましたね。もともと絵を描いたりモノを作ることが好きでしたし、外国人のモデルも多いので英語がしゃべれるメリットも多い職業で、自分のポテンシャルを活かせるなって。

その後どのようにしてフォトグラファーへの道を歩まれたのですか?

K: 当時は80年代後半でファッションブームでしたから、もちろんファッションカメラマンになりたくて。その後、写真を勉強しにニューヨーク大学に行きました。ところがニューヨーク大学は先生達がほとんどフォトジャーナリストだったんですよ。どっちかっていうと商業写真は嫌いな学校で(笑)、技術を教えるというより意味やコンセプトを重視するところで。商業カメラマンになるって言い張って、先生から学校を辞めろって言われても卒業するまで闘っていました。ただ、僕は頑固に商業カメラマンになるって決めていたけど、撮る撮らないは別として、アートフォトグラフィーやフォトジャーナリズムなど、写真としての写真、表現としての写真を学べたことはすごく良かったですね。
作品番号00745000499

キャリアのスタートはどういったものでしたか?

K: ニューヨークでカメラマンをやりたかったしファッションの仕事をしたかったので、大学4年の時にインターンをしたんです。コンデナストという出版社が雑誌ヴァニティフェアのインターンを募集していて、1年間フォトエディターのアシスタントを経験しました。
アメリカのフォトエディターはカメラマンではないけれど、写真のプロです。写真のことは何でも知っている。歴史的なこと、カメラマンの名前、いい物と悪い物の目利き。それに、著名人のポートレートシリーズがあるんですが、アニー・リーボビッツやスティーブン・マイゼル、アービング・ペン、リチャード・アベドンが巻頭ページで撮っているわけですよ。そこでアシスタントするってことは、世界のトップの現場を見られるすごい経験だったんですが、逆にそれを目の当たりにしてしまって、あーもう無理だって(笑)ニューヨークでカメラマンになるって夢のまた夢だと思ってしまいました。
AI: それからどうされたのですか?
K: ニューヨークでカメラマンをすることは諦めてしまって、しばらくは撮影のコーディネーターや通訳をやっていましたが、いろいろあって久しぶりに日本に帰ったんです。そうしたら、ニューヨーク帰りだからちやほやされて(笑)、文春のCREAという雑誌から表紙と巻頭をやって欲しいとチャンスをいただきました。それで撮影をしたらトントン拍子にいろいろな仕事をすることになっていきました。
中でも印象に残っているのは、シュプールでケイト・モスを表紙と巻頭で撮影した時ですね。時間がなくて、1時間で8ページ分くらいを撮らなければならなかったんですが、その撮影が刺激的で、転機になりましたね。そこから日本に拠点を移すことになりました。
作品番号00745000190

参加していただいているアートギビングについてお聞かせください

K: 最初にお話を聞いた時に、社会貢献できるすごく良いプロジェクトだと思いました。僕たちはなかなかそういったきっかけがないけど、難しいことではないし、写真は腐るほどありますから(笑)。チャリティっていうのは無理をしてしまうと大変になってしまうので、少しづつゆっくり、年々良くなって大きくなっていけばいいなと思います。僕も個人的に福島で復興に関わる動きをしていて、そこで出会った方々と今後一緒にやろうと思っていることもあります。

今後はどういった活動を考えていらっしゃいますか?

K: 今預けているのは旅のスナップのようなものですが、今後はアートフォトグラフィーを撮りたいですね。僕は仕事以外の作品って、ほとんど撮っていなくて。商業写真はたくさんやってきたので、これからは自分の作品を撮っていきたいと思っています。
それに、来年は旅をしたいですね。ゴーストタウンとか砂漠とかが好きで、以前から撮っていますが、アメリカのゴーストタウンなんか、どうして人が去っていたのかその痕跡を見るのが面白いですね。ゴールドラッシュの後で金が出なくなって雇用がなくなって人がいなくなったり、列車が通らない町から人が離れていったり。あと遺跡も好きですし、砂漠も好きなのでアフリカは行きたいですね。

最後にアマナイメージズとの取り組みについてお聞かせください

K: ストックフォトは今回が初めてですが、まさに現代のニーズに適したビジネスだと思いますし、アートギビングを通じて社会に貢献出来るというのはちょうど良いタイミングだったと思っています。また自分が予想しないところで使われるのも面白くて楽しさがあります。今の時代、写真が勝手に盗用されていることも多いですが、ストックフォトという形で、きちんとリーズナブルな金額を払って使われるのはwinwinの関係で良いですよね。ネットで展開しているというのも、間口がどんどん広がりますしビジネスチャンスを感じます。僕も頑張って作品を預けますので使ってください(笑)

(2013年12月3日 インタビュー)

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