「地球は青かった」 ボストーク計画

犬を乗せて無事帰還したスプートニク5号の成功を受け、人間を宇宙に送り込むという目的のもと開始したソ連の宇宙計画。ミサイル試験機の爆発という大惨事を経ながらも、1961年4月12日ユーリイ・ガガーリン少佐を乗せたボストーク1号が地球を1時間48分で一周し無事帰還、これが人類初の有人宇宙飛行となりました。記者会見での「地球は青かった」の言葉はあまりに有名です。以降ボストークは6号まで打ち上げられました。

6号に搭乗したのは女性初の宇宙飛行士、ワレンチナ・テレシコワでした。「私はかもめ」は前もって決められていたコールサインでしたが、チェーホフの戯曲の台詞でもあったことから、当時日本では流行語となりました。

この後ソ連の宇宙計画は、二人乗りのボスホート計画へと受け継がれていきます。